強壮,にんにく

忘れもしない昭和十一年二月二六日。

小湊博士のその"足跡“の中で,とりわけ異色のエピソードがありますのでここにご紹介しましょう。

 

実験室から前夜遅く帰宅して寝不足の眼をこすりながら3起き出してみると、軒端を埋めるほどの大雪。

 

ぼんやり眺めていた私の耳にけたたましい号外のz鈴の音が聞こえた。

 

国民の誰もが忘れられない二・二六事件である。

 

ちょうどその日は、3時から帝都商業で数学の講義を受け持つ日であったが、こんな大雪で休みであろうと思いつつも、問い合せてみると来てくれとのことである。

 

しかし街は大雪ですべての交通機関は杜絶してしまっている。

 

やむなく私は二里にあまる道を徒歩で三時間も費して、やっとの思いで帝商に辿りついた。

 

ところが、もはや修理もおぼつかないほどのボロ靴の底が、皮肉にも両方とも抜けて足底はまったく感覚を失っていたが、気持は戦場に出た兵卒のように緊張していた。

 

途中足が冷えて倒れそうになる身体の重心も、歯を喰いしばって堪えながら教室に入ってみると、異様な落書が目に映った。

 

"先生の足跡“と記され、鮮やかな足の指が並んだ図と、またその一方に底の破れた靴の絵が並べて描いてあった。

 

途端にグッと腹が立ったが、怒るにはあまりにもバカバカしかったし、また何ともいえない恥ずかしさもあった。

 

(同著書より)小湊博士のこの話には、現在の私たちの生活環境がいかに恵まれているかを考えさせるものがあります。

 

昨今は学者のデータづくり1つとっても、あまりにも恵まれ過ぎていることが、かえってデタラメなものをつくらせる結果になっているような気がします。

 

物質に恵まれ過ぎることが、精神的な貧困を招くのでしょうか。

 

小湊博士の場合は、崇高な精神、真摯な研究とは裏腹に、物質的には極貧の状況にあったようです。

 

動物実験用のラット(白ネズ-)を百匹ほど購入したが、この飼料も小ネズミとはいえ馬鹿にならない。

 

大学にあったビタミン類は無償で貰い受けたが、その他の費用はもちろん私費で賄わなくてはならず、わずかばかりの貯えもほとんどなくなり、動物の飼料どころか、自分の飼料もあやしくなってきた。

 

ラット用の飼料も腹に入れたり、地下室の同居人であるネズミを捕えて動物性たんぱく質を補給したこともあった。

 

(同著書より)"赤貧洗うがごとし“という言葉が,文字の上ばかりでなく,こうして実際にあったことに対して、驚きと感嘆を禁じ得ません。

 

今日、にんにくの有効成分の恩恵を受けているすべての人々に知っていただきたいエピソードだと思うのです。