強壮,にんにく

にんにく博士の"苦労"に拍手。

にんにくの持つ幅広い有効性を列挙するために、いささか堅苦しい医学用語が続きましたのでこの辺で、感動的な"にんにく博士"のエピソードをご披露することにしましょう。

 

にんにくの抗病性を証明するのに、戦時中から伝えられた有名な話があります。

 

それは、南方へ行った軍隊が悪性マラリアに悩まされていた時、現地の中国人はほとんどかからず、華僑の高級紳士のみが日本人と同じように罹病したというのです。

 

この差がどこからきたのかというと、実ににんにくを食べているかいないかの差であることがわかったのです。

 

華僑も日本人同様に、にんにくの惡臭を嫌って食べなかったのでしょうが、この臭い自体が抗病性を持っていたのではなかったのです。

 

"にんにく博士"として有名な小湊潔博士は、これを実験で確かめてみたところ、悪臭成分はむしろ、有害なデータとしてとらえられたのです。

 

小湊博士の実験は次のようなものです。

 

@生にんにくを沸騰アルコールで11十分間煮沸し、皮をむいてミンチにかけ、真空乾燥した粉末。

 

A生にんにくをそのまま,ミンチにかけ、乾燥末としたもの。

 

B揮発油をオリーブに溶いたもの。

 

この三つをそれぞれ11十日間、白ネズ,"に与え続けたところ丶 1)では体重増加が5はさして変化がなく、3)は体重が減少したのです。

 

このことから、にんにくの有効成分が、にんにくの特と思われた"あの臭い"にあるのではなく、逆に無臭成分の中にあり、臭いの部分には有害成分があったというのですから驚きです。

 

驚きというよりは、むしろ喜びであったわけです。

 

よいにんにくが、おいしく食べられることがわかったわけですから……。

 

動物実験の前は、男生にんにくに栄養価があると思われていたのに、期待はずれに終わったのは、生にんにくをミンチで粉砕したのち揮発油(悪臭の成分)が分解したためと考えられるということです。

 

逆に、沸騰アルコールで煮沸処理した は、酵素が破壊されているので、揮発油を発生することもなく、良質な結果を得ています。

 

の差で大きな点は、 がアルコール抽出の形をとっていることもあるのかも知れません。

 

アルコールでないと、抽出されない成分があるかも知れないからです。

 

無臭にんにく成分こそ、にんにくの本質的効能があり、栄養価値の高いものなのです。

 

この成分は、臭いのある揮発性成分がないというものではなく、臭いのある揮発性成分でも無臭の形態をとっており、そのような成分をいいます。

 

化学構造式では、無臭に保たれている形態をさすものです。

 

この臭いが,なぜにんにくや玉ネギにあるのかについては、次のような面白い見方があります。

 

にんにくも玉ネギも大切な栄養素を持っています。

 

これらはもちろんヴィトックスαにも含有されているものであります。

 

昆虫やバクテリアの好餌にならないともいえません。

 

万一侵略を受けたとき(球茎を傷つけられたとき、直ちに有臭物質を遊離させて外敵を防ぐ、そのための悪臭なのだという説です。

 

もちろん,英知ある人間たちは,大自然の偉大なるしくみをかいくぐって、臭気を発生させることなく、にんにくの栄養価をそのままとり入れることに成功しています。

 

しかし、臭い1つをとってみても、大自然のしくみというのは、誠に至妙にできていると感嘆せざるを得ません。

 

桜や梅の花は、蕾のあいだは香りがなく、花開くとふくいくたる香りを放って昆虫たちを誘いますが、にんにくも鼻に入っただけでは何の臭いもないのだけれど、その外皮を傷つけることによって、あの独特な臭いを発するのです。

 

あのごく薄い皮の中には特殊な酵素が用意されていて、外敵に対して瞬時に働くというしくみには、"造化の妙" の典型を見るような思いがするではありませんか。

 

ともあれ、"自然のめぐみ"の恩恵を私たちが受けとめられることは幸せです。

 

さて、話をにんにく博士こと小湊博士に戻しましょう。

 

博士をにんにく研究のトリコにしたものは何か、そしてどのような苦心の足跡を残されたのか……。

 

赤痢菌(志賀菌)の発見者として世界的に知られ、文化勲章を受賞された大研究家・志賀潔博士が京城(現ソウル)医学専門学校の校長だった時代に、当時青年助教授として活躍していたのが小湊潔博士なのです。

 

同じ%の名であるのも不思議な因縁かも知れません。

 

ある時、小湊助教授を校長室に呼んだ志賀博士は、何の前ぶれもなく、にんにくの特効をしみじみと語り、そのうちの有効成分の研究を小湊氏にすすめたのです。

 

それは大正1十年のことであったそうです。

 

その時の二人の会話を、小湊博士の著書から一部引用させていただきます.r君、妙なことを聞くようだが、にんにく食べたことあるかね」返事をためらっていると「いや、実は君ににんにくの研究をやってもらおうかと、ふと考えたのだ。

 

多くの人が今日までずいぶん手をつけているが、なかなか難しいらしい。

 

それを君にやらせるのは、いささか君の将来に不安があるが......」私は返事を保留した。

 

そのまま時が移り、にんにくの話を忘れかけていた頃、「君、あれから鶴見君が来られたから例の話をしたところ、満鉄の試験所でも数年にんにくの研究をしているが、まったく難しくて手が出ないということだ。

 

この話は取止めにしようじゃないか……」しかし、この先生の言葉が私のその後の運命を決定したのである。

 

私は今まで何人によっても門戸を開かなかった、このにんにくという植物に異常な興味を感じ、にんにくに情熱を捧げることを決意した以来、私とにんにくとの死闘が始まった。

 

(『にんにくの神秘』より)ilk かくて小湊博士はその後の五〇年間をにんにく研究ひと筋に打ち込んできたわけですが,そのきっかけは、神秘の成分を持つにんにくにふさわしく、かくもドラマチックなものだったのです。

 

その後の博士の研究成果が、にんにく科学に不滅の功績と偉大な足跡を遺すに至ったことは言うまでもありません。